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6月某日 晴れ

日々の雑記

こんにちは。ここのところ沖縄は梅雨らしく雨天続きでしたが、今朝は久しぶりに太陽が顔をのぞかせました。

今回は元ホームスクラーのその後について現況報告をしてみます。

わが家ではホームスクール以前、小学校入学時にフリースクール通学を選択しました。

通ったフリースクールはどこも在籍者が20人にも満たない、そして時間割も授業も全くない環境でした。

当時、6歳児の親である私の気がかりは、この子が大きくなった時どうなるんだろうということ。

英米のフリークスールやホームスクール体験記(学校に行かなくても名門大学に合格しました、のようなお話)はいくつも読みましたが、どうも実際自分たちのいるフリースクール環境とは違い過ぎたので参考にはできなそうだなと強く感じたのを覚えています。

その後ホームスクールで数年過ごし「自分の将来のために学校で学びたい」という本人の希望で中学入学時期に合わせ一条校通学を決めました。

以前に自由な教育という謳い文句で子どもの幸せの実現を期待していたフリースクールは、実際どこもわが家的に残念だった経験から、親としては中学校入学時「ここがだめでもしようがない」くらいの気持ちでいました。

本人はというと右も左もわからない浦島太郎状態。とにかく緊張していました。

中学の新クラスでは出席番号も座席も使う予定のなさそうな後方が用意されていたとのこと。小学校在籍中、学校に一度も通学しなかったので、中学校も不登校生徒扱いにしてくれたようでした。(※これは不登校生側のわが家からすると不登校の選択を認めてもらえているという有難い処置です)

初日下校後、学校から連絡があったので通学希望の意思を伝え、出席番号と席を通常の位置へ差し替え可能か聞くと迅速に対応してくれました。

これまで家でのんびり静かに過ごしていたのが、中学校は複数の小学校区域から成るマンモス校。急に数百人と分刻みのスケジュールをこなすことになった子は、とにかく忙しそうでした。最初の数日は人の多さと拘束時間の長さで疲労困憊。しかし集団生活の刺激が意外にも楽しかったようで、拒絶感は見られませんでした。

学校では皆が知っていることがわからず驚かれることもしばしば。

でもそんな時は、いつも誰かが教えてくれて、なんとかなったそう。

先生方も気にかけてくれたようで、最初のうちは「授業中に補助の先生がなぜか自分の周りをまわっていた」とか「知らない先生に名前を言われて挨拶された」とか教えてくれました。

そんなこんなで中学生になった元ホームスクーラー、いまのところ毎日元気に楽しく中学校へ通っています。

親である私の心配としてはもう1つ「中学校の勉強についていけるのか」があったのですが、こちらについてはまた。